2015/01/20
作者:dd103

[外電翻譯]日本職棒界對陳大豐去世的感言+α

(刊頭圖片取自陳大豐官網:http://www.taihoh.com/) 「台湾からの野球留学でしたが、とにかく野球が好きで、何事にも真面目に取り組む選手だった。結果は残せなかったが、人...

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(刊頭圖片取自陳大豐官網:http://www.taihoh.com/)

 

「台湾からの野球留学でしたが、とにかく野球が好きで、何事にも真面目に取り組む選手だった。結果は残せなかったが、人間として素晴らしい、誠実な人間だっただけに、早すぎるご逝去は残念でならない。」

「為了打棒球而到日本留學,總而言之他真的很愛棒球,是個不管作甚麼事情都非常認真的選手。雖然最後沒有留下甚麼豐功偉業,但他的為人實在無可挑剔,是個誠實且真誠的人。看到他英年早逝,只覺得實在令人惋惜。」

--現任軟銀鷹球團會長王貞治

(來源:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00000035-spnannex-base)

 

「(当時は)打者と投手でチーム内の行動は違うけど、故郷の話とか二人しかできない話をして学び合った」

「昨年9月に電話で話し、本人が『もう駄目だ』というから、弱気になってはいけないと励ました。台湾のナショナルチームで一緒に指導したかった」

「雖然當時球隊裡的野手跟投手是分開行動的,但畢竟我們只有彼此能傾訴思鄉之情,也因此總是互相切磋琢磨」

「去年九月時我跟他用電話聯絡,聽到他說出『這次大概不行了』之類的喪氣話,我趕緊鼓勵他,要他千萬不可以喪志,我還想跟他一起在台灣的國家隊裡教球呢。」

--大豐在中日的前輩,創下百勝百救援記錄的旅日名投郭源治

(來源:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00000035-spnannex-base)

 

「具合が悪いのは知っていたけど、まさか大豊さんが…という思い。いつも励ましてもらっていた。寂しいし、悲しい。ご冥福をお祈りするしかないです」

「雖然知道他身體不好,但還是沒想到大豐桑...。以前我經常受到他的鼓勵。真的讓人既寂寞又傷心,只能希望他一路好走」

--去年創下日職最高齡勝投記錄的長青左投山本昌

(來源:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150119-00000069-nksports-base)

 

「非常にお世話になり感謝している。こんなニュースを聞くことになってとても残念に思う」

「當時受到他非常多的照顧,對他真的是由衷感激。聽到這樣的消息真是令人無比惋惜。」

--因大豐引薦而加入中日,進而挑戰大聯盟的台灣旅美左投陳偉殷

(來源:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150119-00000133-spnannex-base)

 

「しょっちゅう部屋に行き、わがまま放題をしました。当時の僕は18歳。一軍でプレーしていたので周りは先輩ばかり。でも、大豊さんは気軽に話しかけてくれた。寮で大豊さんとしゃべる時間が唯一安らげるホッとできる時間だった」

「とにかくよく食べる。プロ野球はこれだけ食べなきゃいけないのかなと思った。体も立派だった」

「有時我會跑到大豐前輩的房間,在那裡想做甚麼就做甚麼。當時我才18歲而已,在一軍的同僚也全都是前輩,但只有大豐桑會跟我閒聊。在宿舍跟大豐桑聊天,是能最讓我放鬆心情的時刻。」

「總之他真的很能吃,讓我覺得如果要打職棒,就一定要跟他一樣吃這麼多才行,而且他的身材也很魁梧」

--1987年以第一指名身分進入中日,爾後成為球隊不動二壘手的立浪和義

(來源:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150120-00000008-tospoweb-base)

 

 トレードで一緒に阪神へ来させてもらった。先輩だけどちょっかいも出せるような人柄でした。とにかく練習の虫。当時のプロ野球選手はヴィトンのボストンバッグを持って遠征に行くんだけど、そこにバットを1本差し込んで。夜中に目を覚ますと、その場でバットを振るほどの人だった。

 特に一本足をしている時は四六時中、右足を上げて。トイレへ行こうが、新幹線に乗ろうが、24時間野球のことを考えていたように思う。手のひらを見せてもらったら、まるで足の裏みたいにゴツゴツしていたことを覚えています。もの凄い数、バットを振っておられたのでしょう。

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